ある保育士の趣味ブログ

主に映画の話しかしません。

好きな映画『カサブランカ』

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好きな映画の紹介でも。今回はマイケル・カーティスの「カサブランカ

アメリカ映画協会 (AFI)が選定する「アメリカ映画の名セリフベスト100」で第5位にランクインした名台詞「君の瞳に乾杯("Here's looking at you, kid.")」も登場する、ラブ・ロマンス映画の古典にして決定版。以下はあらすじ。

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戦火近づく1941年の仏領モロッコカサブランカは、自由を求めて渡米しようとする人々で溢れていた。ナイトクラブを経営するリックの元へ、ナチの手を逃れてここまでやって来た抵抗運動の指導者が現れる。だがその人物の妻は、かつてパリでリックと恋に落ちたイルザだった……。

戦後のハリウッドを象徴する伊達男“ボギー”ことハンフリー・ボガートと、あのロベルト・ロッセリーニと世紀の大スキャンダルを繰り広げた名女優、イングリッド・バーグマン(その娘がかのイザベラ・ロッセリーニ)が共演するラブロマンス映画の名作。

パリで出会い、かつて激しく愛し合った二人の男女リックとイルザは、時を経てモロッコは“カサブランカ”の地で再会を果たす。だが、自分の前から理由も告げず突然消えたイルザに対し、リックはどこまでも冷たい態度で突き放し…

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第16回アカデミー賞において、作品賞・監督賞・脚色賞の3部門に輝き、今なお名作として語り継がれる本作だが、この映画が製作された当時、撮影が始まった段階では物語にどう決着をつけるか全く見通しが立っておらず、バーグマン演じるイルザが、かつての男であるリックと、現在の男であるラズロと、最終的にどちらを選ぶのかすら決まっていなかったという。

そもそもこの映画は、第二次大戦に対してそれまで静観の姿勢を保っていたアメリカが「自分たちも動くべきだ」と、戦意を高揚させるために作られたプロパガンダ映画で、41年に起こった真珠湾攻撃をキッカケに、見切り発車的に製作にゴーサインが出た本作は、「リックというアメリカ人の男の店に様々な国の人々が訪れる」というざっくりとしたこと以外、特に決められずに撮影が開始されてしまった。

そんな行き当たりばったりなこともあってか、脚本家の数は最終的には7人にまで及び、キャラクターの心情や後の展開はその場の判断で乗り切り、加えてセリフも役者のアドリブが飛び交うことで、スタッフ・キャスト共にほとんど即興のような作り方で映画は完成した。

公開前は関係者の誰もが映画がコケることを確信し、主演のバーグマンに至っては、「失敗作だから見たくない」と、公開後33年に渡って本作を観ることを避けていたのだが、蓋を開けてみればアメリカ史に残る傑作として、数々の名台詞・名シーンと共にその後の映画文化に大きな影響を与えた。

晩年、ロサンゼルスでの講演に招聘されたバーグマンは、完成後33年ぶりに本作を見直した際、「こんなにいい映画だと思わなかった」と本作の評価を改めたという。

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余談ではあるが、この映画の状況設定はデイミアン・チャゼルの「ラ・ラ・ランド」に大きな影響を与えていて、気持ちは通じながらも別の道を歩む二人や、ジャズバーを経営する主人公の姿など、本作にオマージュを捧げた要素がいくつか登場する。

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好きな映画『パリ猫ディノの夜』

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好きな映画の紹介でも。今回はアラン・ガニョル、ジャン=ルー・フェリシオリによる共同監督作品「パリ猫ディノの夜

アカデミー賞アニメ部門にもノミネートされた、フランス・パリを舞台にしたフィルムノワールアニメ。以下はあらすじ。

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ディノは女警視のジャンヌと娘のゾエの家で飼われているオス猫。ギャングのボス、コスタに父親が殺されてしまったことから、ゾエは失語症になってしまった。ある日、ダイヤモンドが埋め込まれた魚の形のブレスレットをディノが持ち帰ってくる。不思議に思ったゾエは、毎夜どこかに出掛けるディノを追跡。実は、夜のディノにはもう一つの顔があって……。

屋根から屋根を伝い、夜のパリを一人と一匹の泥棒コンビが駆け抜ける。昼間は飼い猫として暮らす黒猫ディノは、夜になる度こっそり家を抜け出し、“泥棒猫”へと変身を遂げるヘンなやつ。

昼と夜とで異なる二面性を持つディノの姿に、観る者は不可思議な感覚を覚えるものの、そもそも猫とは夜行性で「狩り」を生業とする生き物であり、夜の街とは猫にとっては「狩場」に他ならない。怪盗アルセーヌ・ルパン誕生の地であるフランスの街で、夜の住人猫が泥棒家業を営むという設定はいかにもベタだが、そのベタさこそ、往年のフィルム・ノワールの再現を目論む製作陣からすれば、なるべくしてなった必然的な帰結といえる。

街を裏から牛耳る大物ギャング、ヴィクトール・コスタに目を付けられ、執拗に狙われる羽目になる失語症の女の子ゾエ。亡き父の幻影に苛まれながら、闇の住人に追いかけられる本作の筋書きは、名優チャールズ・ロートンが監督した唯一の映画にしてカルト的人気を誇る怪作「狩人の夜」にオマージュを捧げて作られたもので、ボートに乗ってコスタから逃れるシークエンス等に、その影響の強さが見て取れる。

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他にも、ギャング一味のキャラクター造形にはマーティン・スコセッシの「グッドフェローズ」や、タランティーノの「レザボア・ドッグス」からの引用が見られ、怪盗・ノワール・ギャングと、あらゆる「裏」の要素が混ぜ合わされたその内容は、そういったジャンルが好きな者にはニヤリとさせられること請け合いだろう。

夫を失った女刑事ジャンヌや、その娘のゾエ、そして怪盗ニコなど、この映画には主役と思しき主要人物が何人か登場するものの、その誰もが真の意味では主役となり得ない。何故なら、この映画の主役足りうる人物とは「表」と「裏」で、二つの顔を持つ者でなければならないからだ。

では、主役は黒猫ディノであるかといえば、それも正解とは言い難い。ディノはあくまで人間が持つ表裏のメタファーであって、主役とはまた異なる存在だ。この映画における本当の主役は…あえてここでは言わないとして、その正解はエンドクレジットを見れば一発で分かる。

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ジャズサウンドに乗せて俯瞰の夜景が薫り立つ、バンド・デシネ発祥の地、フランスが送るノワールアニメの小品。

好きな映画『バタリアン』

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好きな映画の紹介でも。今回はダン・オバノン初監督作品「バタリアン

あつかましい中年女性に対する蔑称として、89年度の流行語大賞になった造語「オバタリアン」の由来として有名な(内容は全く関係ない)傑作スプラッターコメディ。以下はあらすじ。

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ロスにある科学資料庫の地下で発見された謎のタンク。そこから吹き出した特殊なガスには、死者を蘇らせる作用があった……。

「エイリアン」「トータル・リコール」などの脚本家として知られる、SF映画界の奇才ダン・オバノンによる面白ゾンビ映画。タイトルになっている「バタリアン(Battalion)※「大隊」や「大群」の意」は東宝東和が勝手につけた邦題で、この映画本来のタイトルは「The Return of the Living Dead」。

ゾンビの父、ジョージ・A・ロメロの撮った「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は事実を元に作られていた…という噂話の導入で始まる本作は、全編に振りまかれるナイトオブ…に対するパロディの様子から、一見よくあるオマージュ作品(実際オマージュ映画なのだが)のように写るものの、その実、この映画はナイトオブ…にしっかり版権料を払い、正式な手続きを踏んで作られた正真正銘の「続編」だ。

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「トライオキシン245」という、政府が作った謎の物質(ガス?)が搬送中に誤って紛失し、死体安置所で働く民間人の手に渡っておよそ20年。そこで働く従業員が、ふざけてガスの入った容器を叩くと、あっさり容器の中身は漏れ出し、パンドラの箱が蓋を開く。死体安置所という、「よりにもよって」な場所で漏れ出したこのガスは、安置していた(やたら黄色い)死体の男を蘇らせるのだった。

なんとか死体の動きを封じ込めたものの、バラバラに刻んでも動きを止めない恐怖の死体に悩む一行は、知り合いの男に頼んで焼却処分をするのだが、燃えた遺灰は空高く舞い上がり、雨雲と混ざって地上にトライオキシン245の雨を降らせる。その降り注いだ先は、「よりにもよって」近所の墓地で…。

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ゾンビ映画…というより、ナイトオブザリビングデッドにおけるゾンビのルール(常識)、「歩くのが遅い」「知能が存在しない」「頭部を破壊すれば死ぬ」等のお約束が全く通用しないバタリアン産ゾンビは、「走る・話す・全く死なない」と非常に厄介で、全力疾走で追いかけてくるのみならず、物陰に隠れて人が来るのを待ち伏せたり、車の無線で人間をおびき寄せたりと、ゾンビらしからぬ身体能力と狡猾さで人間たちを追い詰めていく。

そんな異色のゾンビたちが軒を連ねるバタリアンだが、一風変わったゾンビは他にもいて、赤髪でセクシーな老女ゾンビ・オバンバ(普通に会話する)や、(ある意味)作品の真の主役ともいえるタールマンなど、ゾンビのくせに人間サイドより魅力的なキャラクターが登場するところもこの作品の見どころだ。

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単品で見ても十分笑える面白い映画だが、より楽しみたい人は事前に「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を見て予習しておこう。

ナイト・オブ・ザ・リビングデッド [Blu-ray]

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好きな映画『バーバー』

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好きな映画の紹介でも。今回はコーエン兄弟の「バーバー

平凡な男の平凡な人生に起こった、一度きりのチャンスとチェンジ。以下はあらすじ。

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1949年、カリフォルニアの片田舎サンタローザで床屋を営む無口な男エド・クレインは、いつものように仕事に勤しむ平凡な毎日を送る最中、ふとしたことから妻ドリスと彼女の上司デイブの浮気を疑い始める。そんなある日、店に来た客の一人から「ドライクリーニングの商売を始めるために資金を出してくれる人を探している」との話を聞かされ、すっかり乗り気になった彼は必要な資金を得るために、ドリスとの不倫をネタに相手のデイブを恐喝することを考える。だが、この思いつきが後に予想もしない事態を巻き起こし……。

「未来は今」の撮影中、資料として使っていた1940年代の様々な髪型を掲載したポスターを見たときに着想を得たと語る、コーエン兄弟お得意の雪だるま式クライムサスペンス。往年のフィルム・ノワールを思わせるモノクロ映画として公開された本作は、元々はカラー用のフィルムで撮影したものを編集でモノクロに変換した擬似モノクロ映画で、映画にはモノクロ版とカラー版のニ種類が存在している。

トリビアはさておき、本作で扱われるのはコーエン作品ではお馴染みの「噛み合わない犯罪劇」で、退屈な人生に飽きた中年男の主人公エドは、「髪型を変えるように人生を変えられたら」と、軽い気持ちで“チェンジ”を目指し、とある犯罪行為…ゆすりに手を染めていく。

そんな矢先に起こった悲劇は、更なる悲劇を呼び寄せ、まるで雪の斜面を転がる雪玉のように事態は取り返しのつかない方向へ流れていく。だが、一連の悲劇に輪をかけて悲劇的なのが、その悲劇の主人公の席に、自分(エド)が座っていないことだ。

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その若さと美しさに、自身の希望を託した一人の乙女。詐欺と分かったドライクリーニングと、UFOの存在を語る未亡人。自分が信じるものこそ嘘偽りであり、自分が嘘だと決めつけたものが真実であったときの残酷さ、そして滑稽さ。世界は常に自分の外で回っていて、自分は常に何かから置いてけぼりにされ続ける。

例え世界の主役になれなくとも、人は自分の人生の主役になることは出来る。だが、この物語で描かれるのは、自分の人生の主役になることすら許されない、哀れな男の哀れな物語だ。

チャンスという名のボールに対して、バットを振らずに見送り三振を決め込む人生を送ってきた人間が、ある日突然バットを持ち出したところで、ろくなことが起こるはずもなし。バットは人を殴るためにあるのではなく、ボールを打つためにこそあるのだ。

バーバー ― 2枚組 DTSスペシャルエディション (初回生産限定版) [DVD]

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好きな映画『みんな〜やってるか!』

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好きな映画の紹介でも。今回はビートたけし第一回監督作品「みんな〜やってるか!

コメディアン、ビートたけしが送る最初で最後の長編映画(北野武名義では通算5作目)。以下はあらすじ。

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あるさえない男が、女の尻を追いかけ巻き起こしていくさまざまな出来事を描いた、コント集的な趣のナンセンス・コメディ。主演はたけし軍団の一員ダンカン(飯塚 実)。

平凡な独身男の朝男(ダンカン)は、「女とヤりたい」という漠然とした欲望を達成するべく、自動車を購入したり、銀行強盗を企てたり、現金輸送車を襲撃したりと、刹那的な思いつきで次々と行動を起こしていく。だが、目論みは悉く空回りし、着の身着のまま流されるまま、気がつけば時代劇に出演したり、ヤクザの抗争に巻き込まれたり、最終的には透明人間に変身したりと、事態はどんどん意味不明な方向に向かっていき…。

自殺志願者の男が様々な方法で自殺を図るも、そのいずれもが失敗してしまうサイレント・コメディ、バスター・キートンの「ハード・ラック」に恐らくはヒントを得たであろう本作の構造・ギャグの数々は、そのどれもが笑えばいいのか判断に困るシュールなものばかり。監督自身、全フィルモグラフィ中一番のお気に入りと豪語するのがこの映画なのだが、観客・批評家からの反応は軒並み「スルー」で、キタノファンの間でもしばしば物議を醸している。

お笑いビッグ3の一角に数えられ、「俺たちひょうきん族」や「元気が出るテレビ」などでコメディアンとしての地位が絶頂を迎えていた北野武が、「ビートたけし」名義でコメディ映画を作るということで、ファンの期待は否応にも高まっていたものの、蓋を開ければ支離滅裂な不条理ギャグ飛び交う意味不明なその内容に、当時の観客・批評家は「評価不可能」と匙を投げ捨てた。

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映画解説者、淀川長治氏は本作について「お笑い、観客、映画。全てを馬鹿にしてシニカルに描いている」と語り、北野武のニヒリスティックなスタンスを賞賛しているのだが、実際この時期の北野武は、手応えを感じたと語る前作「ソナチネ」に対する国内での評価の低さ、自身の言動や行動に対する世間の視線に対して辟易していたようで、本作の「お笑い要素」がどこかシニシズム的かつ投げやりで、あたかも「観客を馬鹿にしている」様に見えるのは、恐らく偶然ではなく、たけし流の意図的な「大衆批判」であることは間違いないだろう(北野武シニシズム的大衆批判の萌芽は、86年に発売された伝説の糞ゲー「たけしの挑戦状」からも既に見て取ることができる)。

この映画の公開直後、北野武はバイク事故を起こし全治1ヶ月の重傷で芸能活動を休止するのだが、後年当時の心境を振り返った際「もしかして自分で(事故に)行ったんじゃないかなって気がしないでもない」と語り、危うい心理状態にあったことを告白した。

好きな映画『ブルーベルベット』

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好きな映画の紹介でも。今回はデヴィッド・リンチの「ブルーベルベット

牧歌的な田舎町の美しさと、その背後に蠢く闇…公開直後、そのセンセーショナルな内容が物議を醸した問題作にして、その後のリンチの作風を決定づけた記念碑的作品。以下はあらすじ。

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ノース・キャロライナ州ランバートン。製材が主産業ののどかな町。よく晴れた日のこと、大学生のジェフリーは、庭仕事をしていて突然発作に襲われた父を見舞うため病院へ赴く。その帰り道、野原に落ちる何か異様な物を見つけ、いざ手に取ってみると、それは何と切り落とされた人間の片耳だった……。

ボビー・ヴィントンの歌「Blue Velvet」に着想を得たと語る、リンチが長年温め続けてきた企画。興行的にも批評的にも振るわなかった前作「デューン/砂の惑星」の記録的失敗によって、作家生命もここまでと思われたリンチに対し、プロデューサーであるラウレンティスが、(何故か)もう一度チャンスを与えたことで実現したのがこの映画だ。

デューン」の製作中、好き放題に口出しされた上に、ファイナルカット権すら与えられず散々な目にあった(その張本人がラウレンティス)リンチは、「次は絶対に自分の作品をコントロールする」と、当初予定されていた予算を半分に削ってまでファイナルカット権を勝ち取り、50年代の田舎町を舞台にした不快で不可解なミステリー映画を作り出した。

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ノース・キャロライナ州のランバートンに越してきた純朴な青年ジェフリーは、一見牧歌的で平和な街の裏で蠢く、正体不明の巨大な“闇”に足を踏み入れ、後戻りできない危険な世界へ飲み込まれていく…。

他所から越してきたジェフリーが、居場所を求めて見知らぬ田舎町を彷徨う姿は、転勤族であった父親に連れられ、様々な地を転々とする幼少時代を過ごしたリンチ自身の姿が投影されているそうで、暇さえあれば街の探索に繰り出し、不思議な場所や出来事を観察していたリンチは、ある時、服がズタズタに引き裂かれ、心神喪失状態で立ち尽くす女性の姿を近所で目撃したという。物語中盤、イザベラ・ロッセリーニ演じるドロシーが暴行を受け、半裸で住居から通りへと出てくるシーンの元ネタはそこからきている。

デヴィッド・リンチは映画監督になる以前、美大に通いシュルレアリスムの画家を目指していた芸術畑の人間であり、シュルレアリスムにおける絵画方法には、自分の無意識化からアイディアを取り出し紙面に映し出す「オートマティスム」というものが存在する。リンチがこの映画でやろうとしたことは、正しくオートマティスムが引き起こす「無意識の表出」であり、リンチが無意識の中から取り出した数々のエッセンスは、デビュー作の「イレイザーヘッド」同様「悪夢」として一本の映画へ凝縮された。

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ラストシーン、全ての悪夢が晴れ、家の窓際に一羽のコマドリが訪れる。ジェフリーのガールフレンド・サンディ曰く「コマドリの訪れは悲劇の終幕を意味する」とのことだが、二人の前で囀るコマドリは、模型によって作られた偽物、フェイクだ。

ジェフリーは未だ悪夢の中にいるのか、それとも、目覚めたこの世界がそもそも悪夢なのか?その答えは誰にも分からない。

好きな映画『ボディ・ダブル』

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好きな映画の紹介でも。今回はデ・パルマの「ボディ・ダブル

偏執的ともいえる「裏窓」「めまい」等のヒッチコック作品に対するしつこいオマージュ。そして、個性的過ぎる編集・演出がギラギラ光る、生粋の映画オタクブライアン・デ・パルマの個人趣味映画。以下はあらすじ。

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閉所恐怖症の売れない役者ジェイクは、同棲する恋人キャロルの浮気現場に遭遇し、居たたまれなくなりアパートを飛び出す。ジェイクは友人の家を転々とすることになるが、ひょんなことから転がり込んだある豪邸の窓際で、夜な夜な美女がストリップする様子を双眼鏡で発見する。だが、ある時美女の周囲に奇怪な男が出没する事を知り、助けようとするのだが……。

デビュー作である「ブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN2・黄昏のニューヨーク」や、「悪魔のシスター」、「殺しのドレス」、そして傑作「ミッドナイトクロス」などで度々描いててきた、デ・パルマにとってのある種ライフワーク的な題材「peeping(のぞき)」を扱ったサスペンス作品。タイトルになっている「ボディダブル」とは、映画業界で用いられる撮影技術、いわゆる「替え玉」のこと。

「ふとした覗きがきっかけで事件に巻き込まれる」という「裏窓」の引用に始まり、主人公が抱える極度の閉所恐怖症が、いざという時の弱点になる「めまい」的展開や、途中でヒロインが交代する「サイコ」の要素など、とにかくヒッチコックの模倣に終始した本作は、デ・パルマがこれまでに培ってきたフィルムメーカーとしての手腕が遺憾なく発揮された集大成的作品…と、いえなくもないものの…

グルグルと回りながら繰り広げられる熱い抱擁とキス(アメリカの一般試写ではこのシーンで笑いが巻き起こったらしい)、サスペンスシーンにおけるクロスカッティング演出、そしてストーリーの展開や謎に対する種明かしなど、いざ内容を見てみれば、映画内で繰り広げられる多くの要素は、デ・パルマ自身が作った過去作品のアイディアの再利用ばかりで、もはや出来合い料理と言って差し支えないその近い出来に、観客・批評家からは総スカンを喰らい、興行的にも惨敗に終わった(第5回ゴールデンラズベリー賞では最低監督賞にノミネート)。

殺しのドレス」「ミッドナイトクロス」で既にヒッチコキアンとしての集大成を見せつけたデ・パルマが、なぜ再び集大成的映画を撮ったのか問われれば、それはデ・パルマが「過去作に囚われがちな自家中毒作家だから」の一言で説明できるものの、他にも、彼自身のプライベートが少なからず作品に影響を与えていて、例えば自分の彼女が他の男と寝ている現場を目撃してしまう主人公ジェイクの姿などは、当時妻だったナンシー・アレンの浮気現場に遭遇した際のデ・パルマ自身のショックが反映されている。

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浮気をしたことで夫の怒りを買い、最終的に電気ドリルで惨殺されてしまう美女グロリアの姿には、「浮気をする奴は許さん!」というデ・パルマの個人的な怒りが込められているのだが、この表現には当時かなりの批判が集中したとか。

この作品で何かしらの憑き物が落ちたのか、後年の「アンタッチャブル」で再び脚光を浴び、輝きを取り戻していくデ・パルマ。しかし、その後はまた自家中毒に陥って(何度目だ)…

傑作には程遠いものの、デ・パルマ好きにとってはなんとも捨てがたい魅力を放つ、替え玉映画の珍作。

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