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主に映画の話しかしません。

好きな映画『8 1/2』

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私の好きな映画を紹介します。今回はフェリーニの『8 1/2』です。

この映画は、イタリアを代表する映画監督フェデリコ・フェリーニが1963年に撮ったもの。フェリーニという人は、イタリア国内だけでなく、世界中でも映画の巨匠として称えられている大変有名な人です。

8 1/2』というタイトルですが、まず「なんて読むのか分からない」という人もいるかもしれませんね。読み方は「はっかにぶんのいち」です。

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とても奇妙なタイトルですが、これはフェリーニがこれまでに撮った映画の本数に因んで付けられたものです。

フェリーニはこの映画を発表する以前、9本の作品を撮っていたのですが、初監督作品である「寄席の脚光」は共同監督作のため、「1/2」としてカウント。だから「8(と)1/2」というタイトルになったと言います。(※諸説あります)

 

タイトルの意味も分かったところで内容についても触れていこうと思います。この映画は、一言で言ってしまえば「難解な映画」です。全編通してよく分からない映像イメージが次々と出てくるので、初めて観る人は大抵「よく分からなかった」という感想になると思います。私も、初めて観たときはいまいちよく分かりませんでした。

でも、何度か見直したり、解説を読んだりするうちに、この映画は「人生」、そして「自分」についての物語なんだというのが分かってきます。

 

仕事でも、プライベートでも、なにをするにも「何か」に追われて、疲れきってしまっている人は、今の日本にも沢山いると思います。この映画は、簡単に言ってしまえばそういう人たちに向けた映画なんです。

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主人公のグイド

主演を務めるマルチェロ・マストロヤンニ演じるグイドは、中年の映画監督。いつも仕事や周囲の人間に囲まれているせいで、心身ともに疲れているらしく、仕事もプライベートも常に忙しない様子です。

プロデューサーからは「次回作はどうするんだ!」と執拗に迫られ、愛人の女性からは「いつ奥さんと別れるの?」とせがまれ、撮影所にやってきた奥さんからは、嫌味や愚痴を聞かされて、グイドは次第に余裕がなくなっていきます。

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そうやって余裕がなくなった状態になると、グイドはいつも自分の夢、妄想の中に逃げ込むのでした。

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妄想の中のグイドはとても自由で、豊かで、沢山の理想の女性に囲まれて、架空の別荘で幸せそうに暮らしています。この妄想シーンは実に馬鹿馬鹿しくて面白いのですが、そんな風に夢見ごごちになっていると、誰かから声をかけられ我に戻るグイド。現実のお出ましです。

そんな夢と現実の行ったり来たりを繰り返すうちに、グイドはだんだん自分がよく分からなくなってきます。今は夢なのか、現実なのか、グイド自身も区別が曖昧です。

そうこうしているうちに、撮影は滞り、奥さんにはきつく詰られ、追い詰められて極限状態に陥るグイド。ついには自分の頭を拳銃で撃って、自殺してしまいます。なんて悲劇的な幕引き!…と思いきや、なんとグイドは生きていました。

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生き返ったグイドの周りには、自分の夢の中でみた綺麗な女性が沢山出てきます。それと同時に、現実に存在する大嫌いな人たち「忙しくさせる人」や「うるさい人」も沢山出てきます。そして、何がなんだかよく分からないうちに、どこからか演奏が始まり、祭りが始まり、みんなはニコニコしながら輪になって、グイドを祝福してくれます。

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突然の状況に混乱するグイドですが、沢山の人の楽しそうな表情を見て、なにかを悟ったらしく、満足そうにこう言います。

人生は祭りだ。共に生きよう

 

グイドが最後に見たお祭りは、果たして自殺による走馬灯の中で見る妄想だったのか、それとも、現実だったのか。そもそも、自分は本当に自殺をしたのか?それは誰にも分かりません。

しかし、現実から逃げ、追い詰められて、もうダメになる寸前にまでなった最後の瞬間、グイドはある真実を悟りました。

それは、「人生とは、色んな出来事があり、色んな人が出てくる」ということです。

 

嫌いなものも、好きなものも、全部含めて人生なのだということを、グイドは最後の最後に気づきます。周りにまわって、一周回ったところでようやくそんな当たり前のことに気づくと、映画はそのままエンドロールを迎えるのでした。

 

私たち現代人も、というより、今も昔も全ての人も、「理想と現実」に苦しんだり、または理想に近づくために努力したりと、そういった経験をしたことがあると思います。

出来ることなら好きなもの、好きな人にだけ囲まれていたいと思うのが、人間というものですが、そうはいかないのが、現実というもの。

今の時代、好きな時に買い物が出来て、好きな時に人と話せて、好きな時に食べて、寝て、遊んで、なんでも自由に出来てしまいます。

そういう環境に身を置いていると、人は無意識のうちに「好き」だけに囲まれていたいと思うものです。そういう考えや習慣が悪いとかではなく、これだけ技術も文化も進歩していれば、そういう心理に行き着いてしまうのは、ある意味では当然のことです。

でも、それを受け入れてしまうと、人はとても苦しむ羽目になります。人間も、世界も、自分にとって都合が良いようには作られていないからです。

どこかで必ず、嫌なこと、思い通りにいかない出来事は出てきます。

良いこともあれば、悪いこともある。良い人がいれば、悪い人もいる。それらの境界線を取っ払って、全部含めて、全てごちゃ混ぜにした先に見えるのが、グイドが最後に見た楽しくておかしい、お祭りの光景なんだと思います。

酸いも、甘いも、両方を認め、愛した瞬間、途端に人生は輝き始める。

この映画は、全てを受け入れることの楽しさ、豊かさを優しく教えてくれるようで、大好きです。数々の映像の美しさにも目を奪われますが、フェリーニという人がいかに人を愛しているかが伝わってきて、見ているだけで温かさを分けて貰えます。

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仕事や勉強、人間関係で疲れた人におススメの一本ですよ。

8 1/2 [Blu-ray]

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