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好きな映画『ゼロ・グラビティ』

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好きな映画を紹介します。今回はアルフォンソ・キュアロン監督のSF映画ゼロ・グラビティ」です。

前回に引き続き、またSF映画です。というか、すごい名前ですよね、アルフォンソ・キュアロン。初めて名前を見たとき、一体何人なのか分かりませんでした(笑)

キュアロン監督は、南米メキシコ出身の映画監督。1961年生まれの、現在57歳のベテラン作家さんです。

普段あまり映画を見ない人からすれば、「ゼロ・グラビティ」も「アルフォンソ・キュアロン」という名前も、どちらもあまりピンとこないかもしれませんが、この方は「ハリーポッターの3作目(アズカバンの囚人)」を撮った人です。今度こそ、ピンときました?

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ハリーポッターの映画って、全部通して見るとこの三作目だけちょっと毛色が違うというか、明らかに、この一本だけ突出して出来が良いんですよね。

それもそのはずというか、キュアロン監督はこと撮影技術・視覚効果に関して、毎回ずば抜けた才能を発揮する作家さんでして、これまでに何度もアカデミー賞の撮影部門でノミネートされ続けてきた映像のパイオニアです。

その手腕は、このゼロ・グラビティでも遺憾無く発揮され、ついには撮影賞主演女優賞監督賞でトリプル受賞を果たす快挙を達成しました。

そんなキュアロン監督の「すごい映像」に、誰もが「あっ!」と驚くこと間違いなしのパニックSF映画!それではあらすじの紹介です。

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物語の舞台は、地表から600キロメートルも離れた宇宙空間。シャトルの外で船外活動をしていたメディカルエンジニアのライアン(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士マット(ジョージ・クルーニー)の二人は、想定外の事故によってスペースシャトルが大破し、漆黒の無重力空間へと放り出されてしまう。地球に戻る交通手段も失い、残された酸素も2時間分しかない絶望的な状況で、彼らは懸命に生還する方法を探っていくのだが…。

 

はい、こんな感じです。なんだか、あらすじを聞いてるだけでも背筋が凍るような話ですね(笑)

この映画は、とにかく「怖い」です。拠点(足場)がない、酸素がない、通信手段もない、おまけに、孤立無援で仲間もいない。物語が始まってそう時間も経たない内に事故に直面するこの映画は、スタート地点からして、まずこんな絶望的な状態なんです。

普通こんな状況に直面すれば、すぐにパニックを起こして、そのまま即ゲームオーバーとなりそうなものですが、主人公であるライアンは、そんな観客の気持ちを代弁するように、あわあわと慌ててパニックに陥ります(まあ、普通はこうなりますよね)。ですが、そんな慌てるライアンに対して、相棒のベテラン宇宙飛行士マットは、あくまで冷静に「落ち着くんだ」と諭してくるのでした。

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マットの助言と機転によって、なんとか窮地を脱する目処が立ち、「これはもしや、助かるのでは?」と思い始めるライアン(観客)。しかし、そんな希望を打ち砕くかのように、更なる絶望がライアンを襲います。

なんとか死に物狂いで付近の宇宙ステーションに逃げ込むことに成功したライアンでしたが、ここでなんと、頼れる相棒マットが離脱してしまいます。えー!?

酸素不足による窒息死だけは何とか回避できたものの、このまま手をこまねいていれば、やはりが待ち受けていることに違いはありません。唯一の希望であるナビゲーターを失い、もはや頼れるものは自分一人だけになった、ライアンの運命やいかに…?

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この映画、一見「パニックホラーもの」というジャンルとして捉えられがちですが、その実、最後まで見れば単なるパニック映画ではないことが分かります。その真のジャンル、そしてテーマはずばり、「自立」です。

この映画は、作中で重要なアイテムとして主人公を繋ぐ「」が何度も登場します。それは、頼れる相棒マットと自分を繋ぐ紐であったり、船外を移動する際に繋がれる命綱であったり、とにかく何度も紐が出てくるんです。

この紐というアイテムが意味するところは、自分をセーフティゾーンへ繫ぎ止めるための保証つまり、「へその緒」なんですね。

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人は、生まれる際にへその緒を切って母胎と完全に分離するわけですが、お腹から外に出た後も、一人前になるまで親の庇護下に置かれて安全に暮らします。

その際、へその緒のように「目に見える紐(繋がり)」は存在しないわけですが、子は親から伸びる庇護という名の「見えないへその緒」に繋がれています。完全に親元から巣立って自立しない限り、この見えない紐はいつまでも親と子の間で繋がれたままなのです。

作中に出てくる相棒マットは、ライアンにとって同僚という存在以上に、まるで父親のようにライアンを諭し、道を指し示して導いてくれます。そのマットがライアンの元から離れ、あとは自分の力で何とかしなくてはいけないという状況に立たされるその様子は、社会という荒野に進出して、自立していく社会人の姿そのままと言えるでしょう。

マットという親元から巣立ち、そして自分を縛るあらゆる「紐」から解放されたその瞬間、ライアンにとっての本当の「旅」が始まる…。

数々の映像マジックに、手に汗握ること間違いなしなこのゼロ・グラビティですが、宇宙空間を社会に見立てた「自立の物語」としても十分楽しめますよ。社会人として働いている人は、かつて自分が自立した際の不安な気持ちや、達成感の記憶が蘇るかもしれませんね。まだ社会人でない人は、今後のシミュレーションになる…かも?(笑)

見た後は、重力に感謝すること間違いなし。サバイバルSF映画の名作です!

こちらは前作。アズカバンやゼロ・グラビティに比べて隠れちゃってる印象ですが、負けず劣らずの名作です。戦場での6分間に渡る(擬似)長回しシーンはまさに圧巻!