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主に映画の話しかしません。

好きな映画『セッション』

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好きな映画の紹介でも。今回はデイミアン・チャゼルの「セッション

繰り広げられる苛烈なレッスン。一触即発の危険なセッション。これはもはや音楽ではない、戦争だ!

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鬼才、デイミアン・チャゼルの長編2作目で描かれるのは、音大に通う生徒と教師が繰り広げる、ジャズを使った「私怨」の応酬。互いに一歩も譲らない両者にとって、音楽とは武器そのものに他ならない。コーチ役、J・K・シモンズ演じるフレッチャーの強烈なキャラクターは、「音楽版フルメタル・ジャケット」の異名を付けられるほど、観客に強い印象を植え付けた。

映画監督になる以前、音大で音楽家になることを夢見ていたチャゼル監督は、そこであるコーチによる猛烈なしごきと、それに伴う強烈な挫折を経験したという。この映画で描かれる主人公アンドリューの挑戦と挫折の記録は、監督が実際に経験したトラウマが元ネタになっているのだ。

なぜフレッチャーは、若い才能を潰すような真似をしてまで、苛烈なレッスンに固執し続けるのか?それは、フレッチャーが語る天才ジャズミュージシャン、チャーリー・パーカーが「バード」と呼ばれるような存在へ変貌を遂げたある逸話に全てが集約されている。

チャーリー・パーカーは、バンド仲間であるジョー・ジョーンズにシンバルを投げられた屈辱で猛練習を繰り返し、バードになった

真の芸術とは、時に正気の沙汰では生まれ得ない。正気を超えた狂気の中でこそ、革新と感動が産声をあげることもあるのだ。フレッチャーが掲げる芸術に対する執念は、人としては確実に間違っていても、芸術家としてはある意味正しいあり方なのかもしれない。

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