その辺の趣味ブログ

主に映画の話しかしません。

好きな映画『カッコーの巣の上で』

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好きな映画の紹介でも。今回はミロス・フォアマンの「カッコーの巣の上で

アメリカン・ニューシネマにおける代表作の一つ。刑務所から精神病院にやってきた男、マクマーフィ(ジャック・ニコルソン)と患者との交流を軸に、社会における個人の自由と束縛を巧みに描き出した傑作中の傑作。以下はあらすじ。

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刑務所の強制労働から逃れるため、精神異常を装い精神病院に入所した男マクマーフィは、絶対的な管理体制をしく病院の方針や、権威を振りかざす婦長ラチェットのやり方に反発を覚える。管理されることに慣れ、無気力になっていた入院患者たちに、マクマーフィは生きる希望と活力を与えようと奮闘するが…

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タイトルにもなっている「カッコーの巣(cuckoo’s nest)」とは「精神病院」の蔑称のひとつ。今よりもまだまだ医療や文化が未発達だった1970年代アメリカでは、少しでも精神に異常が見られた人間は病気と診断され、精神病患者として施設にぶち込まれ、外界から隔離されていたらしい。なんとも酷い時代があったものだが、今は改善されたかどうかといえば、特段変わっていないような気がしなくもない。

自閉症」「統合失調症」「躁鬱病」「ADHD」。現代において、精神疾患には様々な名称が使われるようになったが、疾患に対する固有名詞(区別)や、それを抑える薬が増えたところで、それが根本の解決になるとも限らない。何故なら、それらは結局治療するべき「病気」などではなく、人間一人一人の違いから来る「個性」であったり、孤独から生じる心の痛み(叫び)でしかないからだ。

「自分は病気なのだから、できなかった(社会に適応できなかった)としても仕様がない」と患者自身が思っている内は、何かが変わるはずなどない。ましてや、薬や電気治療、外科手術などで変わるはずもない。それを本能で理解する男マクマーフィは、自分を型にはめ、つまらない日常に項垂れる施設の入所者たちに向かってタンカを切る。

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お前ら、自分が本当に狂ってるとでも思ってるのか?違うだろう!狂ってるもんか。俺から見れば、みんなその辺に歩いてるヤツらと変わらないぜ

自分ができるかできないか、白か黒か、はたまたグレーか、持っているのか、いないのか。それを決めるのは他人や社会ではなく、他でもない自分自身だ。たとえ身を置くその場所が、先の見えないカッコーの巣の上であろうとも、考えや行動を辞めていい理由にはなり得ない。

「やれることを、とことん楽しもうぜ」

子供のようにはしゃぐマクマーフィの背中から、そんな声が聞こえてくる気がしてならない。

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