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主に映画の話しかしません。

好きな映画『不思議惑星キン・ザ・ザ』

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好きな映画の紹介でも。今回はロシア映画の巨匠ゲオルギー・ダネリヤの「不思議惑星キン・ザ・ザ

1986年に公開されるや、ソ連全土で1570万人を動員した驚異のカルト映画。その奇抜な設定と展開に、観た人間誰もが頭と腹を抱えて悶えた問題作。以下はあらすじ。

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1980年代の冬のモスクワ。「ヴォーヴァおじさん」ことマシコフと「ヴァイオリン弾き」のグルジア人学生ゲデヴァンは、異星人を名乗る裸足の男の持つテレポート装置によって、キン・ザ・ザ星雲の砂漠の惑星プリュクに飛ばされてしまう。地球へ帰るため、2人は現地の人間(?)に協力を仰ぐのだが、言葉も文化も通じない相手に一筋縄でいくはずもなく…。

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惑星プリュクに住む宇宙人たちは、公言可能な罵声語である「キュー」と、それ以外のすべてを表す「クー」の2語だけを用いて生活しているおかしな連中。挨拶も感謝も細かな意思疎通も、基本的に「クー」だけで済ませる様子はかなりシュールかつカオスだ。

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プリュクには厳しい身分制度が存在していて、識別機が緑色の「パッツ人」、オレンジ色の「チャトル人」と二種類に区別される。身分が低いとされるパッツ人は、鼻に小さな鈴をつけ、チャトル人に会うたび変なポーズと挨拶をしなければならない。なんとも理不尽な話だが、そういう制度なのだから仕方がない。更に、警察のような役割を担う権力者「エツィロップ」なる者も存在し、彼らの気まぐれや癇癪が理由で、下民たちは平気で暴力に晒されていく。

なんとも妙ちきりんな光景と設定だが、映画の中で描かれるこれら数々の要素は、監督が巧妙に仕込んだソ連社会への痛烈な批判にほかならない。

身分を傘に圧政を強いる権力者、底辺同士による利益優先の騙し合い、賄賂で簡単に買収されるエツィロップ(“POLICE”(警察)の逆さ読み)。プリュクでは、なぜかマッチが「カツェ」と呼ばれる超貴重品で、金のように扱われているのだが、社会主義国ソ連で当時最も安い製品だったのがマッチだ。

深く掘り下げれば実は社会批判と皮肉が多分に含まれる本作なのだが、その裏テーマも、ゆるゆるすぎる雰囲気と意味不明な展開に隠れて検閲の目から逃れたというのだから、なんとも「クー」だ。

公開当時、ソ連では街行く人々皆が「クー」だの「キュー」だの挨拶を交わすほど、この映画は社会に多大な影響を及ぼしたという。何故それほどまでに人々の心を捉えたのかについては、映画を見れば理解できる…ような、そうでもないような。