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好きな映画『狼よさらば』

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好きな映画の紹介でも。今回はチャールズ・ブロンソンの代表作「狼よさらば

それまで西部劇や戦争ものが主戦場であったブロンソンが挑んだ新境地にしてリベンジャー映画の名作。以下はあらすじ。

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ニューヨークの不動産会社で会社員を務める初老の中年ポール・カージー。ある日彼のもとに1本の電話が入る。それは、妻と娘が暴漢に襲われ、病院に運び込まれたという信じられない知らせだった。急いで病院に駆けつけるも、妻は死亡し、娘は暴行された際のショックで精神薄弱状態に。憤りと悲しみに打ちひしがれるポールだったが、ひょんなことから銃を手に入れるや、鬱憤を晴らすかのように公園で襲いかかってきたチンピラを射殺。これをきっかけに、沈鬱な状態が吹っ切れ、次々とチンピラたちを仕留めてハンターと化していくポールだが…。

舞台にもなっている70年代当時のニューヨークは、警察組織の腐敗によって治安が無法地帯と化していて、殺人・強盗発生件数も全米の中で群を抜く高さだったという。特に、ブロンクス地区を走る地下鉄構内は「一度入れば無事には出られない」と言われるほど、犯罪の温床となっていたらしい。

ブライアン・ガーフィールドの社会派小説「狼よさらば(原題Death Wish)」を原作とするこの映画は、74年にアメリカで公開されるや大衆からの支持を獲得し、大ヒットを記録したのだが、同時に内容を巡って大論争を巻き起こした。というのも、ポールが行う「私刑(処刑)」行為の犠牲者たちは、その殆どがポールに直接被害を及ぼしたわけではない、通りすがりのチンピラに過ぎないからだ。

しかし、何もしない警察に変わって、犯罪者を血祭りにあげるポールは、次第に大衆からヒーローとして祭り上げられていく。一方警察は、「逮捕すればますます市民から反感を買う」という理由から、処刑を行うポールに対して迂闊に手を出すことができない。この辺りの脚本の上手さは中々に素晴らしいのだが、この映画はその結末に関して、ある問題が存在している。

自警意識の暴走の末に破滅していく原作の内容に対して、主人公が生き残り街を去るように設定を変えてしまった映画版は、ポール・カージーというキャラクターが「ダークヒーロー」のように映ってしまい、結果として、このカージーの自警行為を真似た模倣犯が現実にも出現してしまった。

映画はその後5作目まで続編が作られ、処刑人カージーのイメージは更に定着していくこととなる。

狼よさらば (1974年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

狼よさらば (1974年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)