その辺の趣味ブログ

主に映画の話しかしません。

好きな映画『フェリーニの道化師』

f:id:DeadPoetsSociety:20190622132606j:image

好きな映画の紹介でも。今回はフェリーニの「道化師

フェリーニが最も敬愛するサーカス、そして道化師たちに捧げられた、映画仕立ての半ドキュメンタリー作品…或いは、ドキュメンタリー仕立ての半映画。以下はあらすじ。

f:id:DeadPoetsSociety:20190622132721j:image

サーカス、それは映画人フェリーニにとっての夢であり永遠の憧れ。フェリーニが初めてサーカスを観に行った幼年期の思い出話で始まるこの物語は、監督自身が幼い頃に見聞きした地元の奇妙な人々と、彼らをめぐる様々な出来事によって回想されてゆく。やがてパリに撮影隊を率いて、存命中の偉大な道化師たちの取材に赴くフェリーニだが、実在の道化師たちの談話をフィルムに収めるうちに、映画はドキュメンタリーの壁を超え、幻想と現実が幾重にも入り組んだ複雑な様相を呈し始める。失われつつあるサーカスと道化の伝統に対する深い敬意を描いた、フェリーニ流の祭りと餞の映像抒情詩。

テレビの登場により、大衆にとっての娯楽が多様化を迎えつつあった1970年。もはや古きものとして、滅びの運命を辿りつつあった伝統芸能サーカス、そして道化師たちのこれまでの軌跡と功績を、テレビ用映画として一本のフィルムに収めた本作は、フェリーニなりのサーカスに対するリスペクトと哀惜の念入り混じる、寂しくも楽しいお祭り映画だ。

フェリーニ自身や彼のミューズ(の一人)アニタ・エクバーグが、実在の人物や団体に取材を行う「現実」パートが繰り広げられる一方、精神病院を慰問する三人の道化師たちや、白い道化師達が執り行う盛大なファッションショーなどの、余りにもあからさまな「虚構」パートが交わることで、物語は途中からドキュメンタリーなのか、はたまた映画なのか、線引きが曖昧な「何か」へとシフトしていく。

8 1/2」を筆頭に、フェリーニの諸作品で度々見られる、虚実入り混じる妄想と現実の二人三脚は、時代とともに消えゆく道化師たちと、迫り来る近代化の波を同時に捉え、道化師…そしてサーカスという存在を、ある種永続的とも言える映画の世界へと閉じ込めた。この映画でフェリーニが言いたかったことは、道化師たちに対する別れの弔辞と感謝の意だ。

物語終盤、サーカスのテントを舞台に葬儀という名の馬鹿騒ぎの行進が始まる。馬車を引く着ぐるみの馬を筆頭に、道化師達は円形のステージをグルグルと回り出す。カメラを構えるフェリーニは「もう一回り!急げ急げ!」と道化師達を走らせ、狂騒的なお祭りは延々と続いていく。指揮者のように手を振りかざし、道化師たちに円形のステージをグルグル走らせるフェリーニの姿は、「8 1/2」の主人公グイドそのものだ(というか、グイドがフェリーニそのものなのだが)。

そして、やがて静寂が訪れ、祭りは終演を迎える。

f:id:DeadPoetsSociety:20190623004851j:image

この映画は、終わりゆくサーカスと道化師に向けられた手向けの花なのだろうか?恐らく、そうでもあるし、そうではないのだろう。いつか彼らが復活する日を信じていればこそ、こんな作品が生まれたのは言うまでもない。

時代の変化とともに失われていく文化や習慣。日進月歩で変貌し続ける現代社会において、サーカスと同じように日常から消えゆく「何か」は数多く存在している。それこそ、フェリーニが残した「映画」という文化自体、いつまでも残っているとは限らないのだ。

フェリーニの道化師 Blu-ray

フェリーニの道化師 Blu-ray