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主に映画の話しかしません。

好きな映画『WALL・E / ウォーリー』

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好きな映画の紹介でも。今回はアンドリュー・スタントンの「WALL・E / ウォーリー

それは遠い未来か、それとも近い将来か。人類と地球がいずれ辿るかもしれない姿を描いた、ディズニー史上初のディストピアSF。以下はあらすじ。

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西暦2700年。宇宙に逃れ、全ての生物が居なくなった地球で、人間が残した大量のゴミを700年間片付け続けた“地球型ゴミ処理型ロボット”WALL・E(ウォーリー)。ある日、地球にイヴという名のピカピカのロボットが現れ、ずっと孤独だったウォーリーは一目見ただけでイヴに恋をしてしまう。だが、イヴが宇宙船にさらわれてしまい……。

そびえ立つゴミ山、そこで働く小さなロボット。地球に人が住めなくなるほど、大地がゴミで溢れた西暦2000年。人類は地上の清掃を機械に放り投げ、宇宙空間へ逃れることで地球のクリーン化を目論んだものの、それから700年経って尚、地球は未だ人類の置き土産で覆い尽くされていた。

他のロボットは全て故障し、ただ一台生き残った小型清掃ロボット“ウォーリー”は、今日も掃除をしつつ、ゴミ山の中から自分だけの宝物を探す。そこに突如としてやってきた、ピカピカのロボット“イヴ”に恋をしたウォーリーは、母船へ牽引され、今まさに宇宙の彼方へ消えようとしている“彼女”を追いかけ、遥か遠くの銀河の先へ旅に出る。

そこで待ち受けていたのは、かつて自分を置き去りにした、700年前の人類たちの子孫が乗り込む、巨大居住船アクシオムの姿だった…。

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地球を機械に託して宇宙へ逃れた人類たちは、誰もが自分で立つことすらままならない超肥満体型で、移動や食事、会話やその他コミュニケーションの全ては、機械の座椅子とモニターの操作によって行われる。

余りにも極端に戯画化されたこれらの光景は、公開された2008年当時こそ笑い話で済ませられたものの、スマートフォンの普及が今や「一人一台」の時代になった現代では、「モニター=世界の全て」という本作の人間たちの姿をもはや“冗談”と笑い飛ばせないのが恐ろしい。

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機械によるオートメイション化が人間の労働や日常生活の負担を軽減させることを、“当たり前“として人類が受け入れてきて早1.5世紀。昨今は工業化のみに留まらず、AI技術の発展による頭脳労働(及び単純労働)のオートメイション化まで示唆されるまでになってきたのだから、いよいよ人類がその数々の“問題”を機械に押し付ける日もそう遠くはないだろう。

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ジョージア大の研究チームの発表によると、1950年以降に世界で製造されたプラスチック製品の総量は83億トンで、うち63億トンが既に“ゴミ”として大地や海に捨てられたという。63億トンという量は、東京スカイツリーの重さに換算すると「約17万個分」で、このままのペースが保たれれば、2050年ごろには凡そ120億トンに相当するプラスチックゴミが地上を支配するという。ちなみに、プラスチックは埋めたところで土には還らないので、1000年先も残り続ける。

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増え続けるゴミ、増長する人間のエゴ。全てが臨界点を迎え、誰もが問題を放棄した未来の地球で、たった一人、問題に向き合いゴミを片付け続けるウォーリー。一見夢も希望も見出せないが、その姿からは寧ろ前向きなメッセージを汲み取ることが出来る。それは、目の前のことにコツコツ取り組むこと、そして、隣人への愛を語ること。結局一人一人に出来ることなんて、それしかないのだ。