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好きな映画『On Your Mark』

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好きな映画の紹介でも。今回は宮崎駿監督の短編映画「On Your Mark

CHAGE&ASKAの同名曲「On Your Mark」のPVとして製作された、巨匠宮崎駿にとっての最初で最後のプロモーションアニメ。以下はあらすじ。

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地表が放射線で汚染されたことで、人類が地下に住むことを余儀なくされたいつかの未来都市。あるカルト教団「聖NOVA'S」の施設を襲撃し、制圧した警官隊。その中の警官2人は、教団施設の奥で翼の生えた少女を発見する。2人は彼女を救助するも、研究資料として今度は政府機関の施設に連れ去られてしまった。2人は彼女を空へ帰そうと奮闘を始めるが…

「新曲のプロモーションビデオをアニメで作りたい」というASKAの要望からスタートしたこの企画は、「どうせ頼むなら最高の人材に頼んでみよう」と、無謀にも宮崎駿に持ち込まれたところ、ちょうど息抜きに何か実験的な作品を作ってみたかったという宮崎監督の需要と奇跡のマッチングを果たし、完成に至ったという経緯を持つ伝説の一作だ。

CHAGE and ASKAが1995年〜1996年にかけて開催したコンサートツアー「SUPER BEST3 MISSION IMPOSSIBLE」の中で、演出の一環としてコンサート会場で限定上映された(後に「耳をすませば」の併映として劇場でも公開)この作品は、6分48秒という短さながらも、長編作品と見紛うほどの情報量と完成度を誇っていて、セリフや説明テロップが一切存在しない謎めいたその作風も話題を呼び、公開当時は「長編化してほしい」というファンの声が止まなかったという。

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放射能によって地上が汚染され、地下ドームのみが人類にとっての居住スペースと化したとある未来。警官隊に属する主人公の二人(CHAGEASKA)は、あるカルト集団が集まる建物に突入作戦を敢行する。そこで行われるのは、権力や暴力を傘にした掃討作戦、一方的な虐殺行為で、ここで繰り広げられるアクションシーンの凄まじさ、虐殺描写の凄惨さたるや尋常ではない。PVという名目上流血こそないものの、その残虐性を微塵も隠そうともしない宮崎駿の本気度は、歴代作品の中でも群を抜く突き抜け具合で、その“本気”は後に作られることになる「もののけ姫」にも継承されていく。

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本作は主人公たちが天使の少女を助けるために、様々な行動を起こしては失敗する様子が描かれていて、展開がさながらマルチエンディングのように分岐していくのだが、その理由は実に単純で、要するに虐殺後の展開は全て二人の“妄想”だからだ。

妄想だからこそ、車は空を飛ぶし、脱出劇は都合よくハッピーエンドを迎える。もっと言えば、“天使”という存在自体も実は妄想であって、羽の生えた天使の少女は、虐殺によって犠牲になった一人の少女のメタファーだ(遺体の中に天使と全く同じ顔の少女がいる)。本作で描かれるのは、どうしようもない酷い現実と、その酷い現実に加担してしまった非力な自分たちに対する贖罪と救いの物語だ。

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物語の冒頭やラストシーンの背景で描かれる印象的な巨大建築物は、臨界事故によって放射能が外に漏れ出したロシアのチェルノブイリ原発(とその建屋を覆うコンクリート壁“石棺”)をモデルにしていて、他にも人気がなくなり静寂に支配された住宅街や、その周辺に点在する建造物(どう見てもスリーマイル島の原子炉建屋)など、本作にはあからさまに原子力発電と、それによって生じた事故への批判と皮肉に満ちている。

原子力発電という人類の夢と希望が、臨界事故によって欺瞞であったことが暴かれた90年代。どんなに危険で、環境を破壊し、やがて人類を破滅に導くものであるとしても、それに依存しなければ、もはや存続は不可能になってしまった現代社会。そして、その便利で豊かな現代社会に“乗っかって”、作品を作り続ける一人の作家、宮崎駿は、自身のこれまでの功罪にケリをつけるため、この作品を試金石に引退作「もののけ姫」の製作に着手していく。

どんなに厳しい現実の中においても、夢を見ること、位置につくことを“それでもやめられない”妄想男の儚い叫びの物語は、後に天使から飛行機へと姿を変えて、「風立ちぬ」へと受け継がれていった。

On Your Mark

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