その辺の趣味ブログ

主に映画の話しかしません。

好きな映画『ざくろの色』

f:id:DeadPoetsSociety:20190828204227j:image

好きな映画の紹介でも。今回はアルメニアが生んだ悲運の天才芸術家、セルゲイ・パラジャーノフの代表作にして最高傑作「ざくろの色

謎、謎、謎がひしめく、めくるめくパラジャーノフ芸術。あのゴダールパゾリーニ、そしてフェリーニすらフォロワーに取り込んだ、驚異驚愕、驚天動地の78分。以下はあらすじ。

f:id:DeadPoetsSociety:20190828204649j:image

18世紀アルメニアに実在した吟遊詩人サヤト・ノヴァ。幼少期、青年期、そして壮年期と通じて描かれる、自由への渇望と、美しいものへの憧れ。その類稀なる才能から、生涯のほとんどを宮廷詩人として、半ば幽閉に近い人生を送った彼の瞳に映るものは、美しくも麗しい王妃アンナの、憂いを帯びた表情、仕草、そして眼差し…。豊かな詩であり、舞踏であり、そして全編動く絵画でもある、絢爛な美術品のような美しさを放つ、圧倒的映像抒情詩。

その絵画的かつ詩的な作風から、盟友アンドレイ・タルコフスキーと共に、共産圏芸術の底上げに貢献した前衛映像作家、セルゲイ・パラジャーノフが残した、動く絵画とも呼ぶべき驚異の芸術作品。

f:id:DeadPoetsSociety:20190828214922j:image

滲み滴るざくろ、刀剣、踏みしだかれるぶどう。全編通してセリフがほとんど存在せず、抽象的かつ謎めいた展開と作風によってのみ構成される本作は、予備知識なしで見たところで全く意味が分からない、さながらフレスコ画のような作品だ。

当時ソ連統治下に置かれていたアルメニアで製作された本作は、鮮烈な色彩と音楽によって象徴的、または耽美的に一人の吟遊詩人の生涯を描きだしたものの、作品完成の68年ごろ、チェコスロバキアで発生したプラハ侵攻の影響により、より一層激しさを増したソ連当局による思想弾圧の標的となった。原題であった「サヤト・ノヴァ」は「ざくろの色」と改題するよう圧力をかけられた他、内容すら検閲のメスによって切り裂かれたことで、本来2時間近くあった内容は2/3まで切り詰められてしまう(現存するもので最長のものは2014年に再編集された78分バージョンで、それ以前は長らくロシアで公開された70分バージョンしか見れなかった)。

その影響もあって、本来入るべき描写がことごとく抜け落ち、難解さに一層拍車がかかったことで、その内容はもはや意味不明としか言いようがないものの、それを補って余りある数々の魔術的映像の数々は、フェリーニゴダールベルイマン、黒澤と肩を並べ「映像の魔術師」と称賛されるに相応しい圧倒的な“美”を放つ。

f:id:DeadPoetsSociety:20190828223722j:image

この作品を理解する上で欠かせない要素として、色彩がある。象徴的に用いられる赤と黒との二色のコントラストは、赤が意味するところは肉体的な情欲、即ち“世俗の赤”であり、黒は禁欲と硬さを司る“宗教的な黒”という意味合いを持つ。宮廷詩人であるサヤト・ノヴァ、そして王妃アンナの二人は、パラジャーノフのミューズ・ソフィコ・チアウレリの一人二役によって演じられていて、この二人が画面上で同じ画角に収まる瞬間は存在しない。この独特の構成が理解を遠ざける最大の要因とも言えるのだが、「情熱(夢)と信仰(現実)の最中で揺れるサヤト・ノヴァの精神」として本作を見れば、中々分かりやすい作品でもある。

宮廷に囚われた詩人を描いた本作を作った後、パラジャーノフは危険思想の持ち主と判断され、ソ連当局に逮捕、3年間に渡る強制労働が課せられてしまう。以後16年に渡って撮影の許可を剥奪されたパラジャーノフの人生は、奇しくもサヤト・ノヴァと同じ道を辿ることとなってしまった。

f:id:DeadPoetsSociety:20190828230233j:image