好きな映画の紹介でも。今回は新海誠監督最新作「天気の子」
人気バンドRADWIMPSと再びのコラボによって紡ぎ出される、愛、哀、逢の物語。以下はあらすじ。
高校1年生の夏、帆高は離島から逃げ出して東京に行くが、暮らしに困ってうさんくさいオカルト雑誌のライターの仕事を見つける。雨が降り続くある日、帆高は弟と二人で生活している陽菜という不思議な能力を持つ少女と出会う。
東京オリンピック開催翌年の2021年、異常気象によって雨が降り続ける東京の街。伊豆諸島の神津島からやってきた高校1年生森嶋帆高は、一時的な晴天を呼ぶ奇跡の力を持つ「100%の晴れ女」こと天野陽菜と出会う。母親を失い、幼い弟と二人で暮らす陽菜に対して、次第に惹かれていく帆高だったが、彼女が持つ天気の力にはある秘密があって…。
新海誠監督長編5作目にして最新作の本作は、現在世界中で起きている異常気象…「天気」にスポットを当てた、社会的メッセージ性溢れる意欲作だ。
デビュー作から現在に至るまで、私的な感情を詩的な映像によって、さながらプロモーションビデオのように作品として発表してきた新海監督は、基本的に身の回りに起こる出来事は諸行無常なもの、行き先が決まった電車のように「変えられないもの」として描いてきた。
だが、前作「君の名は」からはそれも一転し、運命に対して明確に抗うことを主題に置き始め、今作に至っては、ついに運命に対して、果ては世界に対して叛逆を起こす。
この作品で扱われるテーマや物語は、RADWIMPSの野田洋次郎が起こした歌詞を基に作られていて、作中で描かれる数々の映像は、全てその歌詞に寄り添う形で後から作られたものであることを、監督はインタビューで答えている。そのため、この作品の言いたいこと、伝えたいことは「歌詞」を読めば一目瞭然で、その内容は要約すれば「大人たちが作った世界でツケを払わされる僕ら」と、かなり絶望感漂うものになっている。
ーーー以下ネタバレ注意ーーー
大人たちが作ったツケと、その代償を強いられる僕ら。これは、今日本で起こっている数々の社会問題に言い換える事ができて、それは例えば、少子高齢化、他にも年金問題、若年層の貧困、不景気、そして異常気象と、数えあげればキリがない。
社会が溜め込んだ“ツケ”によって割を食う人間、犠牲を強いられる人々(世代)。天候を変える力を持った一人の少女は、そんな狂った世界(異常気象)を基に戻すことを強いられる、これからの新しい世代のメタファーであり、今の日本社会の縮図そのものだ。そんな少女の犠牲がまかり通る世界(社会)の形を、主人公帆高は頑なに否定する。
「天気なんて狂ったままでいい」と絶叫し、ヒロインの手を取るその姿は、世界の維持より自分の意地を優先した、ある意味究極の自己中心な選択と言える。だが、会ったこともない誰かの都合に合わせて、自分が犠牲になる道理というのも、冷静になって考えてみれば確かに存在しない。
大人たちの都合に合わせて、若い世代が自分の気持ち(天気)を曇らせる必要など、どこにもないのだ。
これまで、ずっと電車に揺られ、敷かれたレールの上を走り続けてきた新海作品の主人公たち。「君の名は」では自らポイント変更を行い、今作ではついに、電車に頼ることすら辞めて、自らの足で線路を逆走する。
たとえ未来が曇っていても、その先に待ち受けるのが何であっても、信じていれば、大切な人が側にいれば、愛に出来ることはまだあるのかもしれない。