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主に映画の話しかしません。

好きな映画『カビリアの夜』

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好きな映画の紹介でも。今回はフェリーニの名作『カビリアの夜

女娼婦カビリアが送る狂騒的かつ幻想的な夜の世界。貧しくも忙しなかったあの日々、あの出来事も、今や過去の記憶…以下はあらすじ。

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ローマ郊外、河で少年たちが遊んでいる。そこへ、男に騙されバッグを奪われた女が叩き込まれて大騒ぎ。娼婦カビリアは幾度となくこんなことを繰り返してきた。不幸続きを嘆く彼女だったが、ある夜、ふらりと入った見せ物小屋で知り合った男性に、運命的な出会いを感じる。自分の全てを彼に委ね、幸せに浸るカビリアだったが…

戦後イタリア市民の生活の厳しさや貧しさ、現実の辛さを描いた映画、いわゆるネオレアリズモから出発し、その路線で有名監督へとステップアップしていったフェリーニ

傑作「道」と同じ路線を取り、主演女優やスタッフも同じ体制で臨むことで、連作ともいえる出来になった本作カビリアの夜は、「道」に続いて二度目のアカデミー賞受賞をフェリーニにもたらしたものの、この作品を境に、フェリーニはネオレアリズモからすっぱり足を洗う。というのも、その映画的興味が情欲、女、不条理、群衆、そして都市へと移行していくからだ。

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そんな訳で、フェリーニにとって最後のネオレアリズモとなった本作は、「道」と同じく妻ジュリエッタ・マシーナを主演に据え、現実の厳しさをテーマに“娼婦カビリア”というキャラクターを演じさせたのだが、そのキャラクターは「道」でマシーナが演じた芸人ジェルソミーナの、天使のような無垢な役柄とはかけ離れ、自立した一人の強かな女性として描かれている。

これは、ジェルソミーナの描かれ方に関して「キリスト教的すぎる」「男性が描く理想像でしかない」と批評家から散々叩かれた影響なのだが、この批判を境に、フェリーニ作品における女性の扱いかたは段々と変化していくこととなり、その描かれ方はどこまでも曖昧で、強いのか弱いのかもハッキリとしない、「理解は出来ないけど、それでも好き」という、終生女性に振り回された(振り回した)フェリーニらしい帰結へと到達していく。

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余談ではあるが、このカビリアというキャラクターには元ネタがあり、その原型は初期作品「白い酋長」から引っ張られたもので、白い酋長の中で端役としてマシーナは既に娼婦カビリアの役を演じている。

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