好きな映画の紹介でも。今回はミケランジェロ・アントニオーニの「砂丘」
見渡す限りの砂の大地。そこに降り立つ二人の男女。愛と平和、消費と暴力。果てしない渇きの先にあるものは…以下はあらすじ。
大学紛争に介入した警官を射殺して逃亡した男がいた。彼は小形飛行機を駆って、砂漠へと逃げる。そして砂丘の真ん中で彼は一人の女性と出会い、つかの間の愛をかわすが……。
近代化の到来によって、あらゆる意味で変わり果てた祖国イタリアの人々や、街の姿を描き続けてきたアントニオーニ。前作「欲望」では、イギリスの無軌道な若者文化に焦点を当て、消費社会の馬鹿馬鹿しさをシュールに描いていたのだが、今度の舞台はアメリカである。
カリフォルニア州はデスバレーに存在する広大な砂丘で出会う二人の男女。何もない死の谷で、ふたりぼっちで愛を交わすその姿は、砂に塗れて渇いている。一方、二人の姿と交錯する形でインサートされる資本家たちは、ひたすら開発競争ばかりに頭を使い、ゲームでもしているように広大な森林を伐採し、富と権力を獲得していく。
ヒッピームーブメント、ブランド社会、開発競争、学生運動、そして戦争。あらゆる競争(闘争)行為が正当化され、大事な何かが犠牲になる中、今日も社会は際限なき成長を続け、愛や絆、そして「生活」は商品と化す。果てしなき渇きだけが広がりつづけるアメリカの大地で、持たざる若者同士が愛し合うことの虚しさ、切なさ。新海誠は「天気の子」において、消費社会の悲しさ・不毛さを「雨」で表現していたが、この映画では砂や大地がまさしくそれだ。
見る者にひたすら「渇き」を提供するこの映画だが、そのオチはなかなかに爽快というか、もはや笑ってしまうくらいに「凄い」ので、必見である。